沖縄ヤクルト株式会社
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今回のふれあい通信はヤクルトスタッフ歴2年目の新都心センターYSエピソードをお届けします。

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ヤクルトの仕事をしてもうすぐ2年になります。

あっという間でした。

季節の移り変わりを肌でこんなに感じたのも、生まれて初めてかもしれません。

なのでこの仕事をして一番変わったことは多分・・・「根性」が鍛えられたことだと思います。

だいぶ忍耐強くなったと思います。

でも、時には心が折れそうになったり精神的にめいる時もあります。

そんな時思い出す言葉があります。

私がお仕事を始めて3カ月くらいの時に

「これから1年間辞めずに頑張ってみて。あなたはきっと大丈夫だから。

人は自分が思ったことを相手も同じように感じるもの。あなたの想いはきっと伝わるはず(^^)」

そんなことを言ってくれたお客さまがいました。

「きっと大丈夫だから・・・」

頭で理解する前に心で感じる何かがありました。

それから私はいろいろな人と向き合うたびに、その言葉を思い出します。

苦手だと思う人や嫌な時は特に。

少しムリをしてでも良いように考えるようにして乗り越えてます。

仕事を通してもらった言葉が私にとって、子育てや人との付き合いの中でも大切のものとなりました。

その言葉があったから1年、2年と続けてこれた気がします。

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今日は私が最近とても感動した事を皆さんに紹介したいと思います。

これからお話しすることは私の励みになりました。そして今ここにいる全社員へのエールだと感じていただけたら嬉しいです。

先月の2月18日の「沖縄BON」のテレビ放映がありました。その放映を観た一人の元ヤクルトスタッフから私の自宅に電話がありました。

話の内容はテレビを観て立派なセンターや若いヤクルトスタッフの皆さんが働いているのを見て、もう嬉しかったので思わず電話したそうです。

その日は10分程いろんな話をして最後に「時間があったら家に来てね!」で終わりました。

電話を切って元スタッフの少し淋しそうな声を思い出し、早速次の土曜日に会いに行きました。

昔のようにしっかりした口調、足取りでとても90歳には見えませんでした。

テレビを観て思い出の盾や賞状など、元スタッフは少女のようにはしゃいでみ見せてくれました。代田賞、本社社長賞、功労賞(優秀なヤクルトスタッフがヤクルト本社からいただく賞)など元スタッフが仕事してきた証でした。

そして元スタッフはこう言いました。

「自分たちと同じ年のヤクルトスタッフは朝から夕方まで働き続けで大変だったさ~」とか・・・

「子育てしながらはとても大変だったさ~」とか・・・

又、共済会を社員に勧められ、そのおかげで5人の息子たちを大学へ出すことができ、とても感謝していると・・・

元スタッフは79歳まで常にプロ意識を持ち、目標を持って前向きな姿勢で取り組みました。スタッフを辞めた後は大正琴、カラオケ、三味線と楽しい人生を送っています。
「自分は生活の為に頑張ってきた、だけどお客さまがいたからこそここまで頑張ってこれた!
だからこそ今、仕事は辞めたけれどさまざまなお客さまと色んな形で繋がっているんです。」

そういう意味では長い間やり続けた事でお客さまとの信頼関係というお金では買えない財産を築いてこれたんですね。

週二回のデイケアに行っても色んな人になんでこんなに元気なの?って聞かれると「ヤクルトのおかげさ~」と言っているそうです。どこにいっても普及活動をしているんです。

涙が出ました。

今、どれだけの社員が彼女のように想っているのだろうか?仕事をどういう目的でやってきたのか。

冒頭に私たちへのエールというのは元スタッフがヤクルトの仕事に誇りをもち、今は在宅普及員として人生を謳歌していることが私たちへのエールではないかな!と思います。

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